『ウサギは4羽いた』 あとがき

短編小説『ウサギは4羽いた』のあとがき。
短編小説『ウサギは4羽いた』を掲載しています。

小学生のころから、私はこれまでなんども頭のなかの物語を書き起こそうとしてきた。
しかし完結させたことは一度もない。

書いているうちに煮詰まってそのまま書かなくなるパターン、飽きて捨てるパターン、プロットはできているのに力尽きてしまうパターン、いずれかに終わっている。

手塚治虫のように「アイディアは山ほどあるのにつくりあげる身がない」のではなく、「アイディアは山ほどあるけど書き上げる体力がない」。
水やりをしなければ芽は出てこない。

走るのも長距離や短距離の方が好きだし、性格は熱しやすく冷めやすい。
短距離走を繰り返せばとも思うが、合間の休憩時間が異様に長い。

そんなときに

noteがポプラ社とタイアップで作品を募集していると知る。

ちょうどnoteで365日連続投稿を目指していたし、
4000字以内という制限もハードルが低く感じたし、
動物虐待について考える熱も上がっていたので題材もすぐに思いつくことができた。

数十年間なにも書き上げることのできなかった私が、数時間でひとつの作品を完成させてしまっていた。
まあ所詮は4000字弱のショート・ショートなんだけど、私でも書き上げることができるんだという自信にはなる。

そしてやはり愛着は一入で、もっと入り組んで書きたいという気持ちは残しているが、いいものができたと自画自賛して気に入っている。

字数制限がなければ

始めは字数制限があるなかでも、鶏のバタリーケージや、実験動物として囲われているマウスやサル、研修で使用されるビーグル犬、キャンドハンティングのために飼われるライオンなどのなかからいくつか登壇させようとしていた。
しかし4000字以内でおさまることはなさそうだったので断念した。

またいつかいろいろな動物の教師に登壇してもらって、それぞれの経験や話を結び付けられるような終わり方をする長編が書けたらいいなとは思っている。
それがいつになるのかわからないが。

最後に

noteで募集している題材からはだいぶ離れてしまった感じがしているが、私は学校教育で「動物の扱い方」をしっかり学ぶ機会が必要だと考えている。
知識をもった大人が周りにいる環境や自分で気づくきっかけがないと、子どものころに正しい動物の扱い方を知る機会は絶望的に少ない。

犬猫を同じ種類の動物のように、ひどい場合はモノのように扱う。
人間ファーストで考え、動物の気持ちを考えることができない。
というかそもそも動物に気持ちがあることを理解してない。

こうした人間は、0とはいかないまでも、教育で減らすことができると考えている。
もちろん学年に1度あるような体験学習レベルではなく、一科目として学習課程が用意されなければ意味はない。

少し他力本願ではあるが、それこそポプラ社のような一般人より影響力のあるメディアが問題提起すれば変わっていくのになとも思う。
まあいつの世も、国や自治体がダメなら民間企業が、民間企業がダメなら市民が立ち上がってようやく変化していく、という流れは変わらないのかもしれない。

少しそれるがSDGsが出てきてからも、企業がこぞって自社の取り組みをSDGsになぞらえてPRしているが、私はひねくれているのか「SDGsなんか関係なしに黙ってやれ」と思ってしまう。
うわべに騙されるほど我々はバカじゃないし、正しい評価はあとからついてくる。

とまあ、なかば愚痴のようになってしまったけど、『ウサギは4羽いた』は、短いなかにもいろいろな想いを詰めた私の処女作でした。

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