オリジナル小説『8月31日の夜に』①

2002年8月31日18時1分

2003年8月31日18時1分

 「こっちこっち」

 店内に入るとすかさず声がして、手を振りぼくを呼ぶA子の姿を見つけた。外との温度差に早くも身を震わせながら、席につく。

 「ごめんね、急に呼び出して」

 メニュー表を取りながら謝るA子に、「いや」とだけ答えて、おしぼりで額と首元をさりげなく拭く。

 「だいじょうぶ?あ、おなかすいてたらなにか頼んでね。わたし奢るから」
 「いや、自分の分は払うよ」
 
 僕は小腹が空いていたのを隠して、店員にアイスコーヒーを頼んだ。A子は少し悩んで、温かいチャイミルクティーを注文した。そのときぼくは初めて、A子が自分の飲み物を頼まずに待っていたことに気づいた。

 「いやー、でも、だいぶ日が短くなったねえ」
 「え、ああ、そうだね」
 「夕方はだいぶ涼しくなった気もするんだけど。ごめん、急がせちゃった?」
 「あ、いや、だいじょうぶ。出るのが遅くなっただけだから」
 「そっかそっか」
 
 運ばれてきたアイスコーヒーを吸い上げると、ますます体が冷たくなり、ぶるっと身を縮めた。同時に苦みが舌に残る。

 「渡したいものがある」とA子からメールが来たのは、昼の3時ごろ。今までまともに話をしたこともなかったA子からの誘いには度肝を抜かれた。連絡先は一郎から訊いたと断っていたが、正直一郎ともそれほど親しくなく、一郎がなぜぼくのメルアドを知っていたのかも釈然としない。

 そもそもA子がぼくのような地味な人間を知っていることに驚いた。うちの高校の規模は大きくないが、それでも一学年で生徒が100人いる。同じクラスや部活になるか、なにかしらの交流がなければ、認識しない人も出てくる。A子とはそのなにかしらの交流がなかった。

 A子は違う。校内の成績は1年のときから常にトップで、全国模試でも100位以内に入る。加えて所属する弓道部では、2年のときにインターハイで個人優勝、団体でも入賞し、全校がA子を囲んで祭りのように騒ぎ立てた。それらをおいても、パーツすべてが整いきった顔立ちと、ぼくと同じくらいの背の高さはモデルさながら、噂では校内外にファンクラブのようなものまであると聞く。要するにA子はとても目立った存在だった。

 ただ、ぼくが知らないだけなのかもしれないが、A子にはこれまで浮いた噂がなかった。そんなA子に恐らくほとんどの男子生徒が内心ほっとしながら、そしていつか来る日を想って悶えながら、日々を過ごしていたに違いない。

 その校内のアイドルから突然連絡が来て、二人きりで会っているぼくの心情は、誰もが容易に想像できるだろう。驚き、動揺、焦燥、そして説明しがたい期待。

 「それで。あのね、急にこんなことお願いするのは変だってわかってるんだけど、これ、預かっててくれない?」

※noteの『#8月31日の夜に』に着想を得た作品です。
※気まぐれに加筆・修正・有料記事化する場合があります。

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