オリジナル小説『8月31日の夜に』②

 2002年8月31日21時5分

 テーブルの下からA子が取り出したのは、一冊の文庫サイズの本だった。本屋で買ったときにしてくれる薄紙のカバーがかけられていて、タイトルや著者名はわからない。ぼくは思ったまま、どういうことかと訊いた。

 「ごめん、わけはまた今度話すから。とりあえず預かっててほしいの」

 なにを隠しているのか腑に落ちなかったが、切迫したような印象を受けて、ぼくは了承した。A子は礼を言って、すでに冷めかかかっているチャイミルクティーを飲む。

 「君ならそう言ってくれると思った。またいつか、返事をちょうだいね」

 2003年8月31日21時5分

 そのときは舞い上がっていて曖昧に返事をしたものの、思い返すと含みのある言葉だ。いったいなんの返事をするというのだろう。

 A子と別れてしばらくは、A子の言葉や本の中身よりも、ほんの数十分の思い出に浮かされていた。帰ってきたぼくに探りを入れてくる母を適当にあしらい、受け取った本はとりあえず自分の机の引き出しにしまっておいた。

 それからすぐにシャワーを浴びて全身にまとわりついた汗を流し、夕飯を食べ、少しだけ家族とリビングでテレビを観て過ごした。明日から学校がはじまるという緊張感はない。

 いったいなんの返事をすればいいのか。部屋に戻り、椅子に腰かけると、ようやく考える余裕が出てきた。なにか本にメモでも挟まれているのかもしれない。そう思った瞬間、どっと体が熱くなり、冷や汗が出る。

※noteの『#8月31日の夜に』に着想を得た作品です。
※気まぐれに加筆・修正・有料記事化する場合があります。

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