オリジナル小説『8月31日の夜に』⑤

2002年8月31日21時17分

 2003年8月31日21時17分

 限られたスペースに細かく敷き詰められた文字は思ったより読みやすく、その内容はA子の人となりを感じさせるようだった。しかしなんだか一方的に、親しい友人から送られたような内容には違和感がある。それほどA子にとってぼくは思い入れのある存在だったのだろうか。まあでも違和感はそれだけではない。端々に見える文脈のたどたどしさ。

 いやそれよりもだ。あの学園のアイドルに浮いた話がなかった理由はこれか。うちの高校は進学校ではあるが、公立なので中流家庭の出がほとんどとばかり思っていた。許嫁をもつような家の娘が、なぜうちを選んだのか。あるいはそれほどの家庭ではないながらも、A子の言う『いろいろな事情』が絡んでいるのかもしれない。

 いや。ちがう。そこじゃない。そもそもこれは、ラブレターなのか。直接的な表現はないが、A子はぼくに好意を寄せていたのか。あまりに現実味のない想像に、ぼくは動揺し、しかし少し高揚し、湧き出る感情に抗おうとした。なんの接点もないぼくのような目立たない人間に、学校のアイドルが好意をもつわけがない。

 内臓をゆっくりかき回されるような感じを覚えて身悶えしつつ、あらためて本の中身に目をやってみる。その1ページ目には、『金閣寺 三島由紀夫』と印字されていた。金閣寺―。確か、なにかに憤った少年が、その感情のまま金閣寺に火をつけて後悔するような話だったか。この本の選択には、なにか意図があるのだろうか。

 ふとページの横で少しめくれたカバーが気になり、表紙を露わにしてみる。それはやはり『金閣寺』の表紙で、本屋に並ぶものと変わらないごく普通のものだった。ただ1つを除いては。

※noteの『#8月31日の夜に』に着想を得た作品です。
※気まぐれに加筆・修正・有料記事化する場合があります。

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