オリジナル小説『8月31日の夜に』⑧

2003年8月31日21時17分

 思えば家族以外の誰かに携帯で電話するのは初めてだ。呼び出し音がひとつ鳴り終えるごとに、ぼくの心臓は全身を轟かすほど高鳴っていった。

 『もしもし』

 電話口の声は続けて名乗った。間違いない。A子の家だ。母親だろうか。落ち着いた大人の女声だが、少しとげとげしい印象がある。ぼくは不慣れに夜分の非礼を詫びて、身分を明かした。

 「A子さんはいますか?」

 続けてそう言うと、気を張っていなければ気づかないほどの、少しの沈黙が聞こえた。そしてすかさず取り繕えたように返事が来る。

 「A子は今、家にはおりません。ちょっと外に出ています」
 「こんな時間にですか?」
 「あら安心してください。一人ではないですよ。ただちょっと、いつ帰るかはわからないので、電話をいただいたことを伝えておきますね」

 先手を打たれたような気がした。今日中には帰らないというようなことを言ってくれれば、学校が始まることを引き合いに問い詰められたかもしれないのに。

 ぼくの沈黙を了承したととらえたのか、女性が「それでは」と電話を終えようとした。

 「あの!」

 咄嗟に考える。なにか、A子の手紙に書かれていたことのうち、なにか一つでも真実だとわかるようなヒントがほしい。

 「渡したいものがあるので、明日学校で待ってるって伝えてもらっていいですか?」

 今度ははっきりと間隔を空けて、相手が応える。

 「ちょっと、A子は少し体調を崩しているので、明日はお休みするかもしれないんですよ」
 「体調を崩しているのに出かけてるんですか?」
 「ええ、だからちょっと病院の方に。とにかくお電話あったことは伝えておきますから。ごめんなさいね」

 そう言うと、ぼくが二の句を継ぐ暇を与えず電話は切られた。

※noteの『#8月31日の夜に』に着想を得た作品です。
※気まぐれに加筆・修正・有料記事化する場合があります。

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