オリジナル小説『8月31日の夜に』⑨

 2003年8月31日21時50分

 こんな時間に病院?夜間にかからなければいけないほどの症状で、明日は学校に行けるかどうかはわからない。電話の女性がA子の不在を伝えてきたときに生まれた疑念は膨張を続けていた。しかし無理に絞り出した質問は、意外な成果をもたらした。A子は今、土壇場で逃げられないように隔離されているんじゃないのか。

 卒業アルバムに書かれた住所によると、A子の家はぼくたちが通っていた小学校の近くにある。自転車なら5分もあれば着く距離だ。ぼくは携帯のカメラで住所を収め、自転車の鍵をつかんで家を飛び出した。

 2003年8月31日21時50分

 ペダルのギアを緩やかに重くしてスピードを上げていく。国道沿いに出ると、車はまばらに走っているが、歩道には人影が見当たらない。まだ夏を想わせる、温く湿った空気が汗ばんだ肌に絡みついて、道路沿いの田畑から香る青草い匂いがぼくをさらに高揚させる。通り過ぎていく車の音、鈴虫の声、遠くからわずかに聞こえる蝉の断末魔。一瞬、どこに向かっているのか、なにをしているのかを忘れてしまう。そして、A子の家があるという場所に近づけば近づくほど、ぼくは冷静になっていった。もしかすると、ぼくはとんでもない勘違いをしているんじゃないだろうか。

 たとえA子の手紙の内容が真実だったとしても、A子が助けを求めているかはわからない。それはいい。ぼくが勝手に解釈したことで、真意を知りたかったから家にまで電話をかけたのだ。でも、このままA子の家に着いたとして、ぼくはどうしたいのだろう。

 ペダルを漕ぐ足が次第に重くなる。漕ぐのをやめた自転車から、シャーッという軽快な音が聞こえる。

 仮にA子に会えて、連れ出してくれと助けを求めてきたら、ぼくはその願いを叶えることができるだろうか。A子の手を取り、自転車の後ろに乗せて、急いでその場を離れる。これに成功したところで、そこから先、ぼくに決断することができるのだろうか。新地に移るために家や家族を捨て、高校をやめて働く必要があるかもしれない。誰にも頼れない環境で、新しい人生を歩んでいく。A子とぼくの2人だけで。

※noteの『#8月31日の夜に』に着想を得た作品です。
※気まぐれに加筆・修正・有料記事化する場合があります。

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