世の波に飲み込まれている自覚はあるか キャッシュレス決済がつくる深淵

paypayなどの電子マネーやクレジットカードによるキャッシュレス決済を一種のステータスと考える人種もいる

長財布をもったことは一度もない。
2つ折りや3つ折りのものを好んで使う。
今、メインで使っているのは3つ折りのもので、カード類も最小限に抑えている。

ここ最近は財布を出すことも少なくなった。
スマホがあれば、たいていまかり通る。
逆に電子マネーの決済ができない場面に会うと、ほんの少し反感すらもつようになってしまった。

基本はペイペイで、交通系とクレカ連携系を合わせた3種をメインに使用している。
メルペイは使い心地があまりよくなかったし、ラインペイはなんとなく敬遠している。

といいつつもラインペイは無料ポイントのみで2000円ほど使用した。
ありがたき。
でももうポイントからチャージできなくなったので、今の残高が尽きればしばらく使わないと思う。

その通り、私は毒されている

先日、知人との会話で、電子マネーの話題になった。
いわく、クレカを使いだしたのも最近で、電子マネーなぞ怖くて触る勇気がないという。
歳は30半ばだ。

この話を聞いて、ほっとする自分がいた。

自分のもっているものをもたざる人に、優越感を抱くことはよくあるだろう。
それは財力か学力かルックスか。

電子マネーを使わない知人に対して、一種の優越感を抱いたんだろうと思う。
もちろんあからさまなものではなかったものの、改めて考察してみると恥ずかしい。

それはそれとして、この性格の歪みよりも危惧すべきは、世の波に飲み込まれ溺れかけているということだ


どういうことか。

電子マネーの使用を一種のステータスと考える自分がいるということだ。

流行に敏感で、時の流れを乗りこなし、「たくさん還元されるのに使わないなんてもったいなくない?」という精神でいる。
これは果たして恥ずかしいことか。

誰も知らない、誰もいない、スマホとは無縁の地で自給自足しながら暮らせば浄化されるだろうか。

ちょっとした買い物であれば、財布は持たずに出かけるようになった。
もう手遅れだ。

ただ、もはや使わないという選択肢はないやろなスタンスだったのが、己の歪みを見たせいでぶれることができた。
知らないうちに、飲み込まれている。

その当然視しているものは疑う余地がないのか。
敵がでかすぎたら抗うすべはないのか。
とりあえずグーグルに隙がないことだけはわかる。

無力。

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